Gathering Base
Build Your Favorite

カードが便利になりすぎていないか?

カードが便利になりすぎていないか?

ウィザーズ社は、MTGを初心者から上級者まであらゆるプレイヤーに繰り返し遊んでもらうカードゲームにするため、プレイの過程でプレイヤーが感じるストレスや不快感を減らせるよう、日々努力を続けています。

そうした取り組みは素晴らしいのですが、最近は少々行き過ぎ、逆にゲームとしての面白さを損ねてしまっている点があるように見えます。この記事では、これまでウィザーズ社が取り組んできたストレス軽減の施策を紹介するとともに、最近のカードを見ていて感じた懸念について書きました。

ゲームの複雑さをコントロールする「新世界秩序」

MTGというゲームが年々複雑になっていくにつれ、新規参入の障壁が高くなっていることを感じたウィザーズ社は、MTGにおける複雑さをコントロールし、初心者にとってある程度の「わかりやすさ」「使いやすさ」を確保することに決めました。それが2011年に紹介された「新世界秩序」と呼ばれるデザイン上のルールです。

詳細な説明は公式の記事に譲りますが、新世界秩序では、初心者が最も目にするコモンカードに複雑さの上限を設ける一方でアンコモン以上のカードでは複雑さを増加させることで、初心者の負担を軽減すると同時に、上級者にとっての面白さも維持することを目指します。

例えば、時のらせんの「待機」は、挙動が複雑すぎる能力の例に挙げられています。新世界秩序以降、こういった能力をコモンに入れるのは相応の理由が必要となりました。

また、ロードやスリヴァーが自軍にしか作用しなくなるという変更も、この方針に即したものです。特殊な状況に限って敵を強化するカードの存在は、過度に戦場の状況を複雑にするうえ、プレイヤーの直感(自分のプレイするカードは自分を有利にするはず)にも反するため、好ましくないと判断されました。

被覆が呪禁になったのも、再生が破壊不能になったのも、「~してもよい」という書式の誘発型能力が増えたのも、同じ方向性を目指した変更といえるでしょう。

難解なテキストを読み解き、怪しげな能力や玉石入り混じるカードプールからお宝カードや黄金の組み合わせを探すという従来のプレイ体験を愛していたベテランプレイヤーたちの中には、こうした変更を残念がる人もいたと思います。

しかし、複雑で難しいことが面白さにつながるとは限りませんし、1枚1枚のカードはシンプルでも、組み合わせによって戦略的な可能性は広げられる(新世界秩序においても、初心者に見えない「戦略上の複雑性」は制限せずに追求すべきとされています)ため、ぱっと見の「わかりやすさ」「使いやすさ」を追求する流れ自体は歓迎すべきことだと思います。

完成されすぎたカード達

ただし、ここ1~2年のカードを見る限り、その傾向は少々行き過ぎているように感じます。自己完結し、他カードとの組み合わせを工夫しなくとも単独で強いカードが増えすぎているように見えるのです。

損か死かの2択を突き付けるフィニッシャー

これは、私以外にも多くの人が繰り返し訴えている点だと思います。最近のセットで収録されたフィニッシャーたちは、戦場に出た時点で1枚のアドバンテージを確保しているため、即座に除去したとしても対処した側が損してしまいます。かといって、生き残ると負けてしまうことから放置することもできず、出すだけで両方地獄の2択を迫れるカードが非常に多いです。

長老ガーガロスという能力モリモリのパワーカードが、公開直後に「弱い」と評されたことを覚えているでしょうか。現代のスタンダードでフィニッシャーを務めるには、「生き残れば勝てる」だけでは足りないのです。

弱点を克服しつつある装備品

装備品は、クリーチャーを繰り返し強化できるという長所と引き換えに、「マナが余計にかかってテンポを損なう」という弱点を抱えるメカニズムでした。しかしエルドレインの王権やゼンディカーの夜明けでは、着地と同時に無料で装備できる装備品が大量に収録されています。

さらには、戦場に出たときに装備先のクリーチャーを自前で用意するものすら増え始めたため、装備品はメカニズム固有の弱点を完全に克服しつつあります。

もちろん、こうした工夫は完全に否定すべきではありません(生体武器という前例もあります)が、数が多すぎるため、いずれはこれが装備品の標準になってしまう可能性すらあるのではないかと懸念しています。

装備品がテンポロスという弱点を克服すれば、オーラは装備品の下位互換になってしまいます。そうすると、次に起きるのはオーラの弱点を克服する流れだと思います。長所も短所もメカニズムにとっては大事な特徴であり、安易にそれを消してしまうことがいい傾向とは思いません。

痒い所に手が届くデザイン

2月に発売される新セットである「カルドハイム」の収録カードにも同様の傾向を見つけてしまいました。以下の2枚は、それぞれ「攻撃したときだけ起動できるサーチ能力」「エルフが出たときに追加でトークンを産む能力」という、これまでにない個性的で面白い能力を持っています。

これだけでも十分に魅力的なカードだと思うのですが、この2枚はそれに加えて「相手にブロックをためらわせ、いつでもためらいなく能力を起動できるようになる接死」「自己完結しているうえに後半引いても使い道がある全体強化能力」まで与えられています。軽量カードであるにもかかわらず、本来あってしかるべき弱点が見あたらない、便利すぎるカードに仕上がっているのです。

そして環境の均一化・禁止連発へ…

いくつか具体例を上げましたが、要するに最近のセットには、単独で目的を果たせるカードや、弱点がなく雑に使っても強いカードが増えすぎているように感じています。

昨今はインターネットやアリーナの力で環境の解明速度が上がったといわれていますが、カードデザインもその一端を担っているように見えてなりません。極端な話をすれば、環境のカードがどれも単独で十分強いなら、強さ順にカードを詰め込んだデッキが必然的にソリューションとなってしまいますね。

ウィザーズ社は、ルールレベル、メカニズムレベルでは今でも革新的で面白い発明を生み出し続けていると思います。それを真にプレイ体験の改善につなげられるか否かは、個々のカードデザインにかかっています。

プレイヤーのストレスを軽減することと、プレイヤーに工夫や創造の余地を残すことは、ある程度トレードオフの関係にあるのだと思います。難しいミッションではありますが、ここまでMTGを発展させてきたウィザーズ社にはそれを成し遂げる力があると信じています。

皆さんは最近のカードデザインについてどう思いますか?ぜひコメントやtwitterで意見を聞かせてください!